【Book Review 1】僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう
【あらすじ】
将棋界で昨年史上初となる永世七冠を達成した羽生善治。
卓越した視点演出でカンヌを始めとする映画賞を数多く受賞している是枝祐和。
ゴリラ研究の第一人者となっている京都大学総長の山極壽一。
彼らがどのようにして現在の彼らになったのかを、まだ人生で何も成し遂げていない僕ら若者世代にリアルに見せることで、「あ、これなら俺でもできるかもしれない!」と思わせるために書かれた本。
...いや、本当にそういう意図で構成された本なんです。
【こんな人にオススメ】
(オススメ度 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎:時間 1H 30MIN)
すごいと思える師匠とか尊敬する偉人、みたいな自分のロールモデルがいない人。
【ハイライト】
<山中伸弥パート>
・「(研究職に進んだ1つ目の理由は父の肝硬変による死を防げなかった悔しさだと述べた次の文脈で)研究の道に進んだのには、実はもう1つ理由がありました。
外科手術の才能がなかったんです(笑)。
二十分で終わるはずの手術に二時間もかかってしまって、指導教官には山中という名前で呼んでもらえず「ジャマナカ、ジャマナカ」と呼ばれていました。」
…この本の中で一番人間味を感じたパート。
この本の趣旨と一番マッチしているというか、純粋に「偉人でもそんなもんなんかい!?」と思わせてくれる。四人の中で一番最初が山中伸弥パートなのはシンプルに納得。(緊張感がほぐれます。)
進路って消去法チックに、「興味ないもの」「得意じゃないもの」「稼げないもの」等の主観的にネガティブな要素を取り除いた先にあるものでいいのかも、と思わせてくれる。
<羽生善治パート>
・「人間は、誰でもミスをするものです。ですから挑戦をしていく時に大切なのは、ミスをしないこと以上にミスをした後にミスを重ねて傷を深くしない、挽回できない状況にしないことだと思っています。」
…羽生さんはこの後の文章で重ねてミスをしないことはどうしても「意識」して行わなければならない、ということも言っています。
これって大体無意識に出来てて、例えば自分の場合も数学の試験で計算ミスした時なんかはパニックに陥らずに挽回できてるわけです。
ただ、意識していないと予測していないミスに弱い。友達との約束をその日の直前まで忘れる時とか、一年に一回くらいあるのですが、こういうのは死ぬほど焦ります。(親友とかだったら謝れば済むけど(オイ)、女の子とのデートだったら...)
ミスった直後の挽回思考は究極にポジティブにならないとできそうにないですが、まずは「どんな時も意識する」ところから始めてみようかな。
<是枝祐和パート>
・「僕はこの仕事を始めたころ、なぜ撮るんだという、すごく根本的なことで悩んだことがありました。
直接見ればいいじゃないか。見ているものをわざわざ映像に撮ることが、一時的体験ではなくて二次的体験に過ぎないんじゃないかと、ネガティブにしかとらえられなかったんです。
けれども、自分で番組を作るようになってわかったのは、「いや、普段僕ら、全然見れてないじゃないか」ということでした。
見えていると思っていたものが見えていなくて、レンズを通してはじめてそれを意識できるようになる。
それに気がついたとき、カメラを通して見ることがレベルの低い体験ではないとわかった。それで、この仕事がおもしろくなってきた。」
…こんなこと思ったことないです笑。というより、こういう類の根本的な疑問ってプロとして1つのことに集中して取り組む時にだけ出てくる問題なんでしょう。
今度レビューするつもりの「宇宙に生命はあるのか」の著者、学科の先輩でNASAのエンジニアの小野さんも多くの子供たちがまともな教育を受けたり十分な食事を与えられていない世の中でロケット開発をする意味がなんなのか過去には散々悩んだって自著で書いていて、この本質的な疑問は何事においてもアマチュアからプロになる際の通過儀礼なのだと感じました。
20代の内にこんな存在・実存レベルの疑問とぶつかり、自分なりの答えを見つけたいです。
<山極壽一パート>
・「(師匠について)権威ではなくて、矜持を教えてくれる存在でしょうか。
矜持というのは難しい言葉かもしれないですが、姿勢とか構えとかいう意味で、研究とは何か、何をしてはいけないかを教えてくれる存在だったという気がします。
僕らフィールドワーカーは、今でこそ学生を現地に連れていきますが、自分たちの頃は先生は決して一緒に来てはくれませんでした。
僕らは自分一人で、研究地域に出かけたわけです。そこでいろいろな出来事に出会うたび、師匠の顔を思い浮かべる。
そして、「(山極さんの師匠の)伊谷さんだったらこうするだろうな」と考える。それが「矜持」の指し示すところと言ったらいいでしょうか。
先生が実際にやってみせてくれなくても、僕らには伝わる。そこまで感性で訴えることができる存在が師匠ですね。」
…まだ師匠がいない自分には難しい話だけど、少なくとも追いかけるとは違うなあ、と思いました。
「師匠を超える」って表現があるけど、山極さんは師匠を追いかけ追い抜いたわけじゃなくて、元々師匠との間に形式以上の上下関係があるわけでなく、難しい壁に当たった時に知恵を借りる程度の感覚だったんだなあ、と。
自分と重なっていて、少し前を行っている意味での一般的な師匠と、ここでいう自分と近いけど重なっていなくて微妙に違う方向を向いている師匠。
...ステレオタイプから離れてみれば、案外師匠って「超えるもの」ではない(のかも)。意識して師匠、探してみようかな。
<総評>
短くて気軽に読める本だし、文体もライトなので幅広くオススメできます。
自分は全員興味がある人だったので全て楽しく読めましたが、興味がない人の箇所は飛ばしてしまってもいいと思います。(是枝監督あたりは興味持っているの意外に思われてそうですが、早稲田時代に是枝監督の講義を受けた経験があり、興味津々だったのです。)
読む予定はありませんが、続編も出版されているようなので気になる方はチェックしてみてください。時間がない人は、山中伸弥教授と山極壽一総長パートだけでも立ち読んでみてください、面白いし特にためになるので。
【追記】
ブログに本のレビューをしていくことにしました。
本を読むってどうしたって受動的な行為で、とても多くの情報を受け取る割には「あー面白かった」で片付けちゃうことも往々にしてあり、勿体ないなあと感じていました。
目に見える形でアウトプットを残し、あわよくば他の人にリアクションを貰うことができれば、それは自己満足以上のものとして書くに値するのではないかと思い、書くことにしました。
あと、このハイライトにコメントしていくっていう形式を珍しく思われるかもしれないですが、僕は読書の醍醐味は「著者が語る文脈の中で、自分にとって特に響くものを抽出すること」だと考えています。
アインシュタインの残した言葉に「教育とは、学校で習ったことを全て忘れた後に残っているものである。」というものがありますが、読書もこれと同じで、本を丸ごと暗記するために本を読んでいるのではなく、本を読んだ後に何故か自分の中にこだましているような、そんなセンテンスと出会うために行うことだと思っています。
このこだまするセンテンスは人によって違うわけで、だからこそ読書の意味がある。(全員が読んで全員が同じように解釈するのが目的ならば、こんなに長々と読まずに誰かが要約を作りそれを皆でシェアすれば良い。)そういう自分の中の読書哲学?のようなものを反映して今回のような形式にしました。
もちろん、本の中の一部を抽出するだけでは大局を掴むことはできません。ですが、大局を掴むことは誰が行っても同じことになるはずですが、抽出することは違う。そこに読書の面白さがあると考えています。
肯定的なコメントが貰えれば嬉しいことには嬉しいのですが、批判的なコメントは生産的であることも多いのでそちらも歓迎しています。
また、こんな面白そうな本があるよ!という情報も心待ちにしています。面白い本にたくさん出会えるといいな。(最近Oxford University PressのA Very Short Introductionシリーズにハマっているので、こちらの良著も教えていただけるとハッピーです。)
次回はおそらくサピエンス全史のレビューになります。ここまで読んでいただきありがとうございました。mm